(8)御所市~綏靖天皇~一言主神社~葛城山

平成25年11月葛城の道、何しに此処に来たのか忘れてしまった

近鉄電車尺土駅から乗り換え御所市方面に。この路線は単線となる。
なんかこの尺土という駅、よく見かけたり話に登場したりする。
有名でもないのだろうが奈良県に住まう人には何かしらの岐路なのかも

尺土駅あっちとこっち、向うに二上山が見える

御所駅到着(写真無し)
例の通り長々とお茶して重い腰を上げる
目的地が薄らボンヤリなので取敢えず南進、そのうち何かにぶつかるだろうと


只の田舎しかないので直角に右折西進、かなり歩いて山裾の九品寺到着

そこそこ有名らしいけど地味な所である、
入りはしないがベンチがあったので此処で休憩


葛城の山裾を歩く、結構気持ちがいい
後で知ったことだけど秋の彼岸の頃は彼岸花の名所、撮影ポイントらしい


高丘宮跡:: 第2代 綏靖天皇(の痕跡)
神武天皇の子となっているが、はたしてどうなのだろう。(欠史8代)
此処で会った地元の研究家らしい人は、「そうであっても後に綏靖天皇と呼ばれる人は居た筈で、葛城族であった可能性が高い。神武天皇と同時代の人だったかも知れない」とか。
この辺りは葛城襲津彦の子にして第十六代仁徳天皇の皇后である磐之姫の古郷と言われている。
「つぎねふや 山城川を 宮のぼり わがのぼれば あおによし 那良を過ぎ をだて 大和を過ぎ わが見がほし国は 葛城高宮 吾家のあたり」
天皇に縁もゆかりもあるある土地。
周辺には華麗な何かを連想できる址は皆無

一言主神社は、綏靖天皇のすぐ近くにある、
そこそこ人が来ている。

大長谷若建命=雄略天皇の件に出てくる一言主の神、ここだったのかという感あり。あんまり強烈な神ではない様な雰囲気、おどけた感がある。
土蜘蛛塚
この辺り、若しかしたら魔物が沢山住んでいた地域かも知れない。人という魔物
万葉集
葛城(かづらき)の
襲津彦真弓(そつひこまゆみ)荒木にも
憑めや君がわが名 告(の)りけむ

御神木の乳銀杏、銀杏の木も年月を経ると何かに化けるような気がする

松尾芭蕉の句碑が見える

神社を抜けてまた南進、何処まで行っても何もない

長柄神社という所で昼食
中村邸、
中世吐田の城主吐田越前守の子孫
中村正勝が慶長頃に建てたと推定される


うろうろして夕方遅くなったけど、葛城山に上る。
向うの方には樫原神宮、畝傍山

結構高い所まで来た
葛城山から逃れてきた残照に映える紅葉

頂上付近はススキの原っぱになっている
オマケに頂上には木があんまりない

向うに見えるは金剛山
葛城山より少し高い
空の上は夕方が遅い
まだまだ青空
山の重なりが綺麗であった
頂上はとても気持ちが良い

‎2013‎/11/9 何を思ったか御所市に来た。

1 件のコメント:

  1. ロープウェイ使いましたね
    ススキの良い頃でしょうか

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天気が良い、散歩には丁度よい

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