(1)古市古墳群~白鳥陵~応神陵

平成30年の史跡巡り、古市古墳群

昨年金剛山登山に行ったおり、移動ルートである藤井寺~羽曳野で見かけた古墳。考えてみればそんなに辛くない所、町中にいっぱい行くところがあるじゃないかという話。めぼしい古墳を塗りつぶしていくという作業にも合致する。

古市駅から始まり。もしここが市だったら古市市になって字の形がとてもいいのにと思ったりして、連れを待つ。はてどっちに行ったものか。

だいたいこういう舐めて掛れるところは喫茶店探しからなるんだけど・・。その時間消費で後々痛い目に会ったことが沢山有れど、学習はしない方針。
相当ひどい目に会わないと無理かもしれない

お茶も終わり作戦会議もおわり、迷い道もして竹ノ内街道。白鳥陵古墳への入り口
(この写真、実は帰り)
民家の間の狭い所を躱して枝を潜って行ったけど、結局綺麗な歩道が整備されていたという話

そういえば拝所に行かなかったな
白鳥陵(古市古墳側です)
ずっと来たかったヤマトタケルの陵墓
諸国平定を終えて帰ろうかという事になった時に力果ててしまった。現代日本の本当に仕事している人の悲哀さにも通じる。

「倭は 国のまほろば たたなずく 青垣 山隠れる 倭しうるはし」
この一連の望郷歌がいい

「命の 全けむ人は たたみこも 平群の山の くま白檮が葉を うずに挿せ その子」

何故天皇にならなかった人がこういう立派な陵墓とされているんか。
確か奈良側にも陵墓があった様な・・
「愛しけやし 我家の方よ 雲居立ちくも」

古事記に事跡、歌が多すぎる様な気がする。余程重要な役割をしたのではないかと思えてくる。

「嬢子の 床の辺に 我が置きし 剣の太刀 その太刀はや」


誉田八幡宮

誉田八幡宮


第15代:応神天皇
応神天皇陵と言われている、誉田御廟山古墳 拝所

大仙山古墳に次いで2番目のサイズ
体積でなら日本最大


第27代:安閑天皇
古高屋築山古墳(安閑天皇陵)

あんまり見栄えがしない中途半端な感じ

高屋築山古墳(安閑天皇陵)

けっこう粗末に扱われ、戦国武将の城も築かれていたりした



この後写真は無いけど、峯ヶ塚古墳とか小口山古墳とかがある峰ヶ塚公園にてお茶の運び。今回から野点始まる

‎2018‎/4/30 天気も良くて緩い行程、お開きの反省会の店があまり開いてないという緩さ、写真撮るのも忘れる緩さ。たまにはいい感じの緩さ、交互に挟むといいかもしれない


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